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2011年6月21日 (火)

震災被害

とってもとってもお久しぶりです。

なので、さくっと書いていこう。

実家に戻った翌日、早速震災で被害に会った野田村に行ってみました。
私の実家から山を一つ越えるとある野田村。
今思ったのが、この山無かったらうちも流されてたのかな?と。
(距離があるので、多分大丈夫なんだけど。)

先に昼ごはんを食べてから、久慈市から野田村に行く一本道を行くと、案外普通だった。

が、右側に大量の家財道具のごみが山積みになってるのを見た瞬間、凍りました。

Cimg1598

私「え、何あれ?」

母「あんなので、驚いてたらこの先行けないよ」

・・・・・マジですか!?

という母の言葉通りの、景色がこの先待ちうけてました。

下の写真は、元々杉林が立っていて、木のおかげであまり海が見えなかったのだけど、今は見晴らしの良い景色になってます。

Cimg1599

お次の写真は、元家が立ち並んでた場所。

行った時は、かなり片づけられていたので綺麗ですが、当初は瓦礫だらけで凄かったらしい。

Cimg1612

海沿いの道路から、野田村にある役場方面にいった道。

ここも家が立ち並んでいました。

Cimg1616

と、まぁ正直辛かったというより、しんどいです。

今は、時間がたったのでマシですが、この日はボケーっとしてました。

何よりも人の気配がなかった。生活してた匂いとかもなかった。
人が住んではいけないような、違う星にきたような、そんな感じ。

体感するって、大切だなといろんな面で、そう思いました。

家に戻って、旅友おすすめの映画を見たり、タイで買ったクックパッド的なやつで炒め物作ったりしました。

Cimg1617

辛いので、少しお砂糖と醤油を足して、日本人好みにしてみた。
辛くて、夏にはぴったりです。

Cimg1618

あとがき。

さらっと書きましたが、あまり深く書けません。
mixiというサイトの方では、すぐ気持ちを書いたんだけど、表現しずらい。
言葉って、1人1人とらえ方が変わるし、上手く伝えられる自信もなかったので、記事を書くのを先延ばしにしてました。

でも、時間たっても書けないものは書けないな。

一応、mixiの日記も載せておきます。

2011年6月3日の日記

昨日、家が流されたおばちゃんちに行ってみた。

見た瞬間、
・・・・・。
こんな状態だった。

体と脳が一致しないという感覚。
脳は思考回路を止め、体は涙を流すことしかない、という状況。

母は、「頑張ってください」と言ってたけど、あの景色を見た私は、心の中で(何を?どう、がんばれって?)という言葉しか思い浮かばなかった。
結局、何も言えず無表情で立ち尽くしてるだけで精いっぱいだった。
母が、色々説明してくれたけど、そんな聞く余裕もなかった。

正直、あの景色はきつい。
テレビや新聞で知った気がしてたけど、そんなもんじゃない。
よく、あの景色をみて絶句するとか、地獄のようだというけど、そんな言葉で表現できる状態じゃなかった。

何を考えればいいのか、何を言えばいいのか分からない。
仮に、言えたとしてもあまりにも陳腐過ぎて、自分に対して、ただただ情けなくなる。

女は上書き保存ができる生き物ということを思い出して、映画をみたり、散歩したり、夕飯作ったりと、記憶の上書きを必死でしてました。

今朝は、昨日会えなかったおばちゃんが、救援物資を持って我が家にやってきた。

全国から届けられるお菓子や食品。それに衣類。

震災の日のことを聞いて、またもや体と心が離れる感覚がして、何も言えなかった。気を紛らすために、ベトナムコーヒー入れてみる。

とりあえず、月末には仮設住宅に入れるらしい。

姉も起きてきて、母は避難してる人から依頼を受けた服を直してた。

「手に職を持て」
小さいころから言われ、求められてきた両親の言葉が、最近妙に突き刺さる。

あとがき
乱文で失礼しました。吐き出せてよかった。

mixi日記より。

 

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