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2011年5月15日 (日)

ベトナム最期の地、サイゴンへ。

サイゴンは昔の呼び名で、今はホーチミンと呼びます。
でも、現地の人はサイゴンの方が、言い慣れてるみたいです。

ということで、バスで24時間かけてやってきたホーチミン。
夜着いたときは、東京か!?っていうくらい、発展していたのにびっくりしました。

翌日、向かった先はベトナム戦争証跡博物館。入場料1万5000D(約75円)です。
外には、物騒なものが展示されています。

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左の戦車のタイヤが、私と同じ位です。

外には、トラ小屋や犬小屋と呼ばれていた監獄がありました。
最初、小さい窓から覗いたため、びっくりしました。

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壁には、悲痛な感じ100%の言葉。
人形も、本物そっくりで不気味が悪かった。

このほかにも、拷問の時の絵が日本語の説明つきであって、読んだら泣きました。
そのおかげでしょうか?左足が、異様に重かったshock

更には、一人の男性の拷問による体の変化を写真で飾られていたりして、目をそむけたくなりました。なので、写真を取る気にならない。

もう、本当にアメリカ軍の拷問の仕方が、凄過ぎる。
女性の性器の中にガラスの破片を入れたり(ガラスなのでレントゲンでも見えない上、取り出せないし、子供が出来たら中で刺さって殺すためだと思う)、体に電気を流して錯乱状態にしたりと、まぁ凄いの一言でした。もうね、書いてて思い出して気持ちが悪くなるdespair

そんな状態で、建物の中に行くと、今度は奇形児の写真が。

アメリカ軍が一番厄介だったのは、熱帯雨林だったらしく、そこに枯葉剤を撒き散らしたらしい。この枯葉剤には高濃度のダイオキシンが入っており、それに感染した人は、皮膚がおかしくなったり、女性は奇形児を産んだりと、2世代・3世代にも影響を及ぼしているそうです。

その中でも、テレビで知ってる人も多いでしょう。
ベトちゃん、ドクちゃんの写真もありました。
結合双生児で生まれたのは彼らだけではなく、沢山いたそうです。
2階には、ホルマリン漬けになった赤ちゃんもいました。

戦争を知らない私にとっては、こういう写真や当時の記事でしか知ることが出来ないけれど、ほんとに腹ただしいの一言。
そして、戦争が終わっても枯葉剤のように、後世にも影響を与えるという怖さは計り知れないなと思いました。特にも、その恐怖を同じ人間から与えられるというのがとても悲しい。

是非、ホーチミンを訪れたら行って見てほしいです。

そして、まさかここでハノイで会った男の子と再会するとはつゆ知らず。
たった、1・2時間話しただけでしたが、凄い(私からしてみたら)人生を送ってる子だったので、記憶に残っていました。

博物館を見終わって、有名なドンコイ通りをぶらぶら。
2人して、何が有名なのか分からないまま通り過ぎてしまいました。

なので、ジュースやらコーヒーやらを、飲んでは話しての繰り返しで終わってしまった。

再会記念に1枚。

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今後の彼に大期待です。

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